不動産賃貸業の法人化【第1回/概説】

はじめに
不動産賃貸業を営んでいる個人のオーナー経営者(以下、単に「オーナー」と言います)が株式会社等の法人を新設する等して、その所有する不動産を当該法人の所有に移すか又は所有までは移さずに、その不動産の管理を委託するなどして賃貸料収入から発生する所得の全部、又は一部を当該法人へと移転することが税務上、及び、その他の観点から有利になる、と言われることがあります。
以下に、それを概説いたします。
なお会社には株式会社、合同会社、合資会社、合名会社の4種類がありますが以下では世間に多く存在する株式会社を利用する、との前提で、お話を進めます。
なお以下では文脈により「法人」「株式会社」の2つの用語が出てきますが、この2つは同義と、お考え下さい。
「法人化」「株式会社化」も同様に同義ですので、そのように、お読み下さい。
個人の所得税の節税になる
1, 所得税と法人税の構造的相違による節税が可能
個人の所得税には段階的に税率が高くなる「超過累進税率」が適用されるのに対し法人の所得に対する法人税の税率は原則として一定です。
この税率差を有利に使うことにより納税額を減少させることが出来ます。
なお法人税の税率の方が高くなってしまう場合もあり、その場合には、この観点からの節税効果は期待できないことには要注意です(個人の所得税の税率は住民税と合わせて15~55%の間で推移/法人における実効税率は法人の規模にもよるが概ね30%前後)
また個人事業主は自分自身に給与を支払うことが出来ませんが法人においては自分自身が代表取締役等の役員となり自分あてへ給与を支払うことが可能です。
その給与は法人側の経費になるので法人税の節税になります。
一方、これにより受け取ったオーナーの給与には給与所得控除(参照条文:所法28、57の2、同別表第五、措法41の3の3)が適用されるので給与の総額が課税対象とされることはなく、この点も有利と言えます。
加えて個人事業の場合の損失の繰越期間は3年と短いですが法人においては、これが10年となり、この点も有利と言えます。
また詳しくは税理士等の専門家に尋ねて欲しいのですが法人化することで個人事業では行えなかった、生命保険等の金融商品を使った課税の繰り延べが出来るようになります。
オーナーが不幸にして亡くなった場合には株式会社から親族へ死亡退職金を支給し法人税額を減額することも出来ます。
一方、親族側が受け取った死亡退職金には非課税枠(参照条文:相法3、12、15、相基通3-18、3-30、3-31)があるので一定額までは課税されません(←同様のことは個人事業の場合には小規模企業共済を使えば可能ですが株式会社化することで更に容易に行うことが出来るようになります)。
このように所得税と法人税の構造的相違により様々な節税が可能となるのです。
2, 親族に対する所得分散が容易
前述の「第1点」にも関連しますが個人の所得税の場合には「専従者給与」という限定された制度の下でしか親族に対して給与を支払うことが出来ません。
これに対して法人においては親族に対する給与の支給が格段に容易となります(但し、あまりにも不相当に高額な給与は追徴課税の対象となってしまいますので、この点は、ご注意ください)。
具体的には役員報酬もしくは一般の従業員給与として給与を支給することになります。
「役員報酬」の場合には一定程度、経営に参画しているという点さえ税務署に主張できれば問題はありません。
「一般の従業員給与」の場合は帳簿を付ける等、何らかの勤務実態は必要ですがフルタイムでの労務提供までは必要ありません。
法人からの給与という形で不動産賃貸業から発生する所得を親族に分散することによりオーナーを含めた親族全体での総体的な所得税率が減少し節税に繋がります。
将来の相続税の節税になる
法人化させず不動産賃貸業を個人事業の形態だけで継続した場合には、その不動産所得が現預金などの形で蓄積されていった場合、その現預金などは当然ながら、そのオーナーの相続財産となり将来において相続税の課税対象とされます。
一方、不動産賃貸業から発生する所得を給与として親族に分散・取得させておけば、それは親族固有の財産となりますので相続税が課税されることは、ありません。
給与という形を取りつつ生前贈与的効果が得られるのです。
法人化することによる、その他のメリット
後ほど述べる3つの方式(管理委託方式,一括借り上げ方式,不動産所有方式)のうち不動産所有方式を採用した場合には将来、不動産を売却したくなった場合、司法書士の登記手数料、買主側の不動産取得税の納税など、一部の面倒な手続きが不要となり当該法人の株式譲渡だけで足りるので多数の不動産を一括して売却する場合には便利と言えます。
なお逆に多数ある不動産を、それぞれ別々の法人に所有させておけば法人ごとの切り売りも可能となります(但し法人住民税の納税額が増える等、法人が多数、存在することによるデメリットについても考慮が必要です)。
また法人の株式を毎年、少しずつオーナーから親族へと生前贈与することにより更なる相続税の節税にも繋がります。
不動産を少しずつ生前贈与するならば、その都度、司法書士の登記手数料、買主側の不動産取得税の納税など、面倒な手続きが発生するので現実的には、この方法は困難です。
これに対して株式の生前贈与であれば比較的簡単に行うことが出来ます。
このように工夫次第で法人を、さまざまに利活用できます。
具体的な法人化の方法
それでは以下に主な3つの法人化の方法を、ご説明いたします。
前提としては株式会社をお持ちでない方は株式会社を新設する等して株式会社を用意する必要があります。
なお既に株式会社形態にて何らかの、ご商売をされている方は、その株式会社を利用することも可能です。
管理委託方式
株式会社に賃貸用不動産の管理業務(①賃貸料の徴収 ②清掃 ③修繕計画の策定 ④修繕の発注 ⑤契約更新 ⑥賃貸人の募集(宅建業法に反しない範囲で)など)を委託し委託料金を支払う、というものです。
メリットは簡易・簡便なことです。
デメリットは世間相場並みの委託料金(賃貸料収入の4~6%程度)しか設定することが出来ず、よって法人への所得移転の効果については、あまり高くは望めないことです。
もし世間相場並みの委託料金よりも高額な委託料金を設定するならば、その超えた部分は税務署から否認され追徴課税を受ける恐れがあります。
一括借り上げ方式
株式会社がオーナーから賃貸用不動産を一括借り上げし株式会社において各賃借人に転貸するというものです。
その転貸における利ザヤ部分が法人に留保され所得移転される訳です。
いわゆる「サブリース」であり不動産業界のビジネスモデルの1つにも、なっているものです。
メリットは前述の管理委託方式よりは多額の所得移転効果が期待できることですが反面、デメリットは、それでも所得移転(利ザヤ部分)は各賃借人に対する転貸賃料の合計額に対する10~15%程度が目安であり、これよりも多くの所得移転効果を期待するオーナー様には不向きな点です。
所得移転効果を高めすぎると税務署から、その高めすぎた部分の金額を否認され追徴課税を受ける恐れがあります。
注意すべきことは、それとは逆に予期せぬ、①空室、②賃料下落等によって、一括借り上げが逆ザヤとなり法人の側が赤字になってしまう恐れもあることです。
法人の側が赤字になったからと言って直ちに大問題が発生することはありません。
しかし法人が赤字と言うことは、そもそも法人に対する所得移転効果が見込めず、この点での節税効果はゼロどころかマイナスとなりかえって総体的な支払税額が高くなってしまっている、ということになります。
つまりは無意味な結果となってしまっていると言う訳です。
よって一括借り上げの賃料については慎重に決める必要があります。
しかし、ここでも更に問題があり毎年、必ず一定割合の金額が法人に所得移転されるように「計算ずく」で一括借り上げ賃料の金額設定をすると、それはそれで租税回避と認定されて別の観点から追徴課税を受ける恐れもあるということです。
一括借り上げの賃料というものは一旦、契約で取り決めたら一定期間は変更されないのが通常であり、毎年、コロコロと変更されていると税務署は「毎年、わざと変更しているな! 恣意性が高いぞ!」と見る訳です。
よって一括借り上げ賃料の設定については税理士等の専門家に是非ご相談ください。
不動産所有方式
株式会社に直接、賃貸用不動産を所有させてしまう方式です。
これにより不動産賃貸業から発生する所得を法人の所得へと100%移転させることが出来ます。
よって前述の2つの方式よりも節税効果が高いと言えます。
なお所有権の移転には通常は売買を用います。
不動産賃貸料は通常、建物の賃貸から発生しますので、これを前提として考えると、土地付き建物の場合、①土地を含めての売買、②建物のみの売買、どちらでも大丈夫です。
但し、建物のみの売買の場合は以後、法人は土地の使用料(=地代)をオーナーへと支払う必要が生じます。
この土地の使用料(=地代)の金額は高すぎると現預金がオーナー側に還流しオーナーの相続財産が増えて相続税対策に逆行する形となってしまい、逆に低すぎると、オーナーの相続発生時に、その土地が「貸宅地」としての20%評価減を受けられなくなり、どちらも相続税対策上、マイナスに作用してしまいます。
よって、落としどころが重要です。
一般には、その土地に課される固定資産税の2~3倍程度とするのが効果的となります。
また、この場合、少々、難しい話になりますが法人からオーナーへ土地の借地権相当額の支払をしない場合には(通常は、しない場合が殆どです)それについての追徴課税を避ける為に「土地の無償返還に関する届出書」を所轄税務署長に提出しておく必要も生じます。
法人化することで社会保険への加入義務が生じる点について
オーナーが個人で不動産賃貸業を営んでいた場合には健康保険、厚生年金保険等の社会保険への加入義務はありませんが、これを法人化すると、これらに加入しなければならなくなります(法人は社会保険が強制加入)。
オーナーが、その株式会社の代表取締役等となり、オーナー自身が給与の支払を受ける場合であっても、親族に給与を支払う場合であっても、その全てについて給与の受給者側と株式会社側とで概ね折半した金額の社会保険料の負担が生じます。
このキャシュアウトは意外に大きいので、この点のシミュレーションもしておくことが望ましいと言えます。
具体的には従来、加入してきた国民健康保険料、国民年金保険料などと比較して、その金額が、どのように推移するか、を見ることになります。
なおオーナー、親族ともに他社のサラリーマンとして既に多額の給与を受給している場合などでは、社会保険料には上限がありますので「社会保険料の負担増は、それほどには発生しない。」というケースも稀に、あります。
良く分からない場合には社会保険労務士などの専門家へ、ご相談ください。
不動産にオーナー又は親族が居住する場合
管理委託方式では問題になりませんが一括借り上げ方式、又は不動産所有方式を採用した場合にはオーナー、又は、その親族が当該不動産の一部に居住するならば株式会社側へと賃料を支払わなければなりません。
この場合、その居住者が株式会社の役員、又は従業員となっている場合には社宅扱いが可能となり世間相場よりも安い賃料設定も可能ですが、そうでない場合には世間相場並みの賃料設定をしなければなりません。
細かい点ですが、この点にも、ご注意ください。
イメージとしてはスキーム全体の資金の一部が株式会社に還流されることになる訳です。
最後に
今回は不動産賃貸業の法人化について概説いたしました。
以上に述べたように、これは不動産賃貸業から発生する毎年のオーナーの所得税の節税になると同時に将来のオーナーの相続発生時の相続税の節税にも繋がるものです。
しかし注意すべきことは、オーナーの相続が発生する直前に、これを行うと効果が薄い上に株式会社の設立費用、不動産の所有権の移転にかかる諸費用など、法人化を始めるに当たっての初期費用が発生して「かえって支出が増えただけ!」という結果にも、なり兼ねない点です。
つまり不動産賃貸業の法人化は中長期的な視点に立って行わなければならないのです。
ご興味、ご関心のある方は是非、早めに当税理士法人まで、ご相談ください。
関連する問題
●以上に述べた株式会社の株式は将来、オーナーの相続が発生した際には、その相続財産となります(株式会社の新設等に当たり最初から親族が中心的株主を構成していた場合は別ですが)。よって、その相続に当たり相続税対策としての株価対策が必要となります。生前贈与する場合にも株価対策が必要となります。これについては「不動産賃貸業の法人化【第2回/株価対策】」にて、ご説明する予定です。
●不動産賃貸業ではなく一般の事業にて使用している自社ビル、倉庫などの不動産について、これを事業承継に当たり、法人化も含め、いかに見直して組み換えていくべきか、という問題が存在します。これについては「不動産賃貸業の法人化【第3回/一般の事業用不動産の場合】」にて、ご説明する予定です。
●この記事は一定程度、不動産の健全性が保たれているとの前提に立っています。しかし通常は不動産が老朽化していることなどによる難問が付随しているのが現実です。これについては「不動産賃貸業の法人化【第4回/老朽化不動産対策】」にて、ご説明する予定です。
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