中小企業の中には、株式が非公開で同族会社というケースが多いです。株式非公開の同族会社の事業承継では、「株式をどのように引き継ぐか」が、重要な課題になります。
この記事は、中小企業の事業承継で重要な株式引き継ぎについての第2回解説です。(株式引き継ぎの記事は全6回の構成です。株式引き継ぎ解説記事【第1回】はこちらからご覧ください)
株式の引き継ぎは複雑なので、文章量が多くなってしまい申し訳ありません。1回ごとの文章量を、極力短くまとめてわかりやすく解説しますので、どうか最後までついてきてください。
この記事の目次
中小企業の株式引き継ぎの手段としては、「贈与」を使うのがおすすめです。
贈与以外だと、後継者候補が時価で株式を購入する、という方法もあります。もし、後継者候補に高額の預貯金があり、適正な時価で株式を購入できるならこちらがおすすめです。しかしこうしたケースは珍しく、あまり現実的ではありません。
実際のケースとしては、元経営者が後継者に対して無償で株を移動もしくは贈与や相続で引き継ぐことが多いです。
しかし現経営者の財産が自社株式のみということは少ないため、相続による引き継ぎには相続にともなうデメリットがあります。このため、なるべく有利に株式の引き継ぎをしたいなら、株式以外の財産と株式の合計額に対して課税される相続を待つ方法はおすすめしません。
おすすめは、暦年課税の贈与を最大限活用する方法です。次から贈与を利用した自社株式の引継ぎについて詳しく解説します。
暦年課税である贈与税には110万円の基礎控除があります。
暦年課税の基礎控除とは、下記の条件を満たせば贈与税はかからない、というきまりです。
【贈与税の参考情報】
相続税法第21条の5には「贈与税については、課税価格から六十万円を控除する。」と規定されています。
ここだけを読むと、贈与税の基礎控除は60万円と思われるかもしれません。
しかし、平成13年1月1日以降の贈与については、租税特別措置法第70条の2の4にて「平成十三年一月一日以後に贈与により財産を取得した者に係る贈与税については、相続税法第二十一条の五の規定にかかわらず、課税価格から百十万円を控除する。」と規定されています。
租税特別措置法は時限立法ですが、この規定は今も有効です。したがって贈与税の基礎控除は110万円と考えていただいて問題ありません。
注)
・赤線部分は本記事執筆時に加工したものです。
・2020年11月執筆時の情報です。
暦年課税と基礎控除額を考えて、自社株式の後継者候補への贈与を検討しましょう。
たとえば、自社株式の評価額を計算したら、1株あたり時価が95,000円と算出されたとします。
この場合110万円に達するまでの株数、つまり11株(95,000×11=1,045,000≦1,100,000)までの贈与なら、贈与税は発生しません。ただし、受贈
者がその年に、他に贈与を受けていないことが前提です。
この方法をとれば、株式の移動にともなう税金が発生しません。つまり税の負担なく株式を後継者に移行できるのです。
このように、自社株式を後継者へスムーズに引き継ぐには、贈与の暦年課税の基礎控除を使う方法が使いやすいです。
贈与税の基礎控除適用には、3つの問題があります。
1つめの問題が、贈与可能な株式数が株価に左右されることです。
通常は会社の業績が良ければ良いほど、「純資産の部」の繰越利益剰余金勘定の金額が大きくなります。したがって算出される株価の時価が高額になります。
上場株式の株価状況を思い浮かべるとわかりやすいです。優良と評価されている上場企業は、投資家からの人気を集めて株価が上昇する傾向を持ちます。
同様に、非上場企業の場合も、業績が良ければ株式評価額は高くなります。経営者の高齢化による廃業を惜しく感じる会社、後継者が引き継ぎを切望するような会社は、非上場企業であっても総じて業績が良く、株価も高い傾向です。
具体的な例で考えてみましょう。
A社は設立当初の出資額が1株5万円でした。
A社の開業後の経営は順調で、毎年利益を出し続けた結果、創業から20年程経過した時点で1株あたり時価が130万円程になりました。
ここまで株価が上昇すると、1株の贈与を行っただけで110万円の基礎控除額を超過してしまいます。このためA社の場合は、贈与税非課税の範囲で、毎年少しずつ自社株式を贈与していく方法はとれません。
事例1ほど高額評価ではない場合でも、1株の時価が30万円だったとしたらどうでしょうか。この場合は、基礎控除額の範囲内で贈与できるのは3株です。(110万÷30万≒3)
株式発行時の資本金とその時の株価が上記の通りだと仮定すると、発行済株式総数は200株になります。現代表者が保有している自社株式200株を、毎年基礎控除の範囲で贈与していくと、移し終わるのに何年かかるでしょうか?
単純計算すると、200÷3≒67です。つまり、67年という年数を要することになります。これでは現実的な話とは言えませんよね。
また、会社の業績や財務状況は毎年変わるものです。業績や財務状況をもとにして計算する株価も毎年変動します。
毎年利益を出す優良会社の場合は、「純資産の部」の繰越利益剰余金勘定の金額が年々増加します。この結果、毎年株価も上昇する仕組みです。つまり110万円の範囲で贈与できる株式数は年々少なくなっていきます。
株式移行を始めた当初は1年に10株を非課税で贈与できたとしても、年を重ねるにつれて9株、8株、7株と、その数が減少してしまうのです。こ全ての株式を移行完了するまでに、かなりの年数を要することでしょう。
以上の問題点を考えると、贈与税の非課税限度額110万円の範囲内で、少しずつ株式を贈与して行く方法には限界があります。
贈与税の基礎控除活用の問題点その2は、相続財産の計算における贈与財産の加算の問題です。(生前贈与加算の問題)
相続税法では、贈与財産を以下のように規定しています。
【相続税法第19条第1項】
「相続又は遺贈により財産を取得した者が当該相続の開始前三年以内に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合においては、その者については、当該贈与により取得した財産……(中略)……の価額を相続税の課税価格に加算した価額を相続税の課税価格とみな」し、(略)
注)執筆時に赤字部分の装飾を追加しています。
つまり相続・遺贈により財産を取得する人が、相続の開始前3年以内に、亡くなった人から贈与を受けている場合は、贈与財産も相続財産に加算すると規定しているのです。
言い換えるならば、該当する3年間に行われた贈与は「相続財産の前渡し」とみなされます。これは、贈与税がもともと相続税の補完的な意味を持つ税法であることを反映しています。
【参考コラム】
実は「贈与税法」という法律は存在しません。贈与については「相続税法」で規定されています。
贈与税が相続税の補完的な税であることは、相続税のみで贈与税が存在しない場合を想像すれば、すぐにご理解いただけるでしょう。
相続は、財産所有者の死亡により財産が個人の間で移動します。移動した財産に対して、富の再分配等の観点から、課税するのが相続税の基本的な考え方です。
もし贈与税が存在しないとすると、相続税が発生する前、つまり財産所有者が生きているうちに財産を譲ってしまえば、財産の移動に対する税金を払わずに済みます。しかし、これでは税の公平さを欠きます。
贈与税は、こうした不公平な事態を回避する為に、相続税を補完する税目として制定されていると言われています。
株式所有者AさんからBさんに毎年贈与を行い、自社株式を少しずつ移動していたと仮定します。
Aさんが亡くなり相続が発生。BさんがAさん所有の財産を取得することになりました。
この場合、相続税と贈与税の規定により、Aさんが死亡した日から過去にさかのぼった3年間にBさんがAさんからの贈与で取得した財産が相続財産に合算され、その総額に対して相続税が計算されます。
税金面では生前の贈与と相続財産を合算して、課税対象とします。しかし、相続財産の分割と税金は別です。相続税の対象として合算したものが、全て財産分割協議の対象になるわけではありません。
贈与で所有権が移動したこと自体は有効です。したがって移動した株式を誰が取得するかを、あらためて協議し直す、ということはありません。なお過去の贈与に対して納めた贈与税があるなら、相続税計算後に贈与税相当額を控除できます。
便利な生前贈与ですが、リスクもあります。それは、計画通り進むとは限らないこと。贈与税の非課税限度額の範囲内で、毎年株式の贈与を行う計画的な生前贈与を行ったとしても、計画通りに進められない可能性があります。たとえば、予定した株式の移動完了前に、贈与者である現経営者が亡くなる場合。株式の移動が完了する前に贈与者が亡くなった場合は、亡くなる前の3年間に贈与した株式について相続税が課されてしまうのです。
こうしたリスクもゼロではないことをどうか頭のかたすみに留めておいてください。
贈与税の基礎控除活用の問題点その3は、定期贈与の問題です。
定期贈与の問題とは、「定期的に贈与」することが、贈る側と受け取る側で約束になっている場合は、贈与する金額が非課税の枠内であっても課税対象になるというものです。
[令和2年4月1日現在法令等]
毎年100万円ずつ10年間にわたって贈与を受けることが、贈与者との間で契約(約束)されている場合には、契約(約束)をした年に、定期金給付契約に基づく定期金に関する権利(10年間にわたり100万円ずつの給付を受ける契約に係る権利)の贈与を受けたものとして贈与税がかかります。
(相法21の5、24、措法70の2の4、相基通24-1)
出典:国税庁
つまり、贈与税が発生しないよう毎年110万円の枠内で自社株式を移動していると、定期贈与とみなされる可能性があるのです。
たとえば、次のケースを考えてみましょう。
これまで学んだ知識に頼れば、贈与税は発生しないはずです。しかし上記のケースは各年での独立した贈与とみなされず、定期贈与に該当する可能性があります。
上記のケースについて、課税当局は以下の認定をする可能性があります。
実態が単年で1,000万円の贈与と認定されると、1,000万円の贈与に対する贈与税額が再計算されます。 この場合の課税計算は、贈与1,000万円のうち110万円の基礎控除額を超えた890万円に対して、贈与税が課せられることになります。さらに、本来申告すべき金額より低い金額で贈与申告を行ったとされ、加算税まで追加されてしまうのです。
このような定期贈与の問題を回避するには、次の対策があります。
こうした対策により「租税回避の意図がある」との指摘を受けにくくすることができます。
ただし、こうすれば絶対に定期贈与の指摘を受けないというものではありません。その点はどうぞご了承ください。
今回は、贈与を用いた自社株式の後継者への移行についてご説明しました。贈与の制度を活用することで、節税が可能です。しかし注意すべきことが3点あるため注意点についても解説しました。
次回は、相続時精算課税制度を利用した自社株式の後継者への移行について解説します。また、株価対策についても取り上げます。
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